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鳴き声
鬼のごとき必死の形相で走りながらメロンパンを買いにゆく途中、子猫に出会った。
子猫は往来の真ん中にうずくまって
「グワァ〜、グワァ〜」と鳴いていた。
私は急いでいたが、聞き捨てるわけにいかず猫に声をかけた。

「おいオマエ。オマエは猫になってまだ日が浅いから知らないのかもしれんが
グワァ〜、グワァ〜、と鳴くのはアヒルやら鴨あたりの仕事なのであって
それは猫のオマエがうばってよい領分のことではないのです。
猫に生まれたからには猫らしく、ミーミーだのニャーニャーだのと
そういうふうに鳴いてもらわんと困るのですがね」

猫は黒い体毛をもっており、
それはまだ頼りなく弱そうな生まれたての様子を残していた。
左の目は脂のため半分閉じているような状態であった。
梅雨寒のせいか、なにか不安があるのか
私の話すあいだもしきりに細かく体をふるわせている。
そして「グワァ〜、グワァ〜」と鳴くのをやめない。

「オマエはまだ知らない事の多い若い猫にちがいないが
この世には、守らなけりゃならん決まりというものが、それはわんさとある。
若い内は許されることもあろうが、猫のオマエならものの半年もすれば
そんな言い訳は通用しなくなるよ。決まりというのは理由なんか知らなくとも
守らなきゃならんことになっている。そういうものです。
決まりというのは守る者あっての決まりであるしまた
破る者は罰せられるのが決まりというものの決まりです。
いいですかこれからは、グワァ〜、グワァ〜、なんかじゃなく
ミーミー、ニャーニャー、ミゥミゥ、シャーッ、とかやるのです。
オマエは猫に生まれたのだから、猫らしくやるのが筋です。
いいですか、くれぐれも」

若い猫は、ぴゅっとふいに飛びのいたかと思うと
家と家の間にはめられた木板の破れ目にするりと身をもぐらせた。
暗い隙間を覗くと、奥に母親らしき大きな黒猫の目が黄色く光るのが見えた。
破れ目の中からは、「グワァ〜、グワァ〜、グワァ〜」と
声音の違うふたつの鳴き声が細く響いた。

私ははたと、メロンパンを買いにゆく途中であったことを思い出した。
そして立ち上がるとまた、鬼のごとき必死の形相で走りはじめた。
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